「 国際社会に調査捕鯨の意義を説け 」
『週刊新潮』 2011年3月3日号
日本ルネッサンス 第450回
中国やロシアの横暴に屈するだけでなく、日本は国際社会のならず者集団にも屈する国になり果てたのか。自ら闘うことを全く考えない国が、自らを守ることなど出来るはずがない。それが2月18日、米国の反捕鯨団体シー・シェパード(SS)の妨害ゆえに調査捕鯨を中止すると発表した鹿野道彦農林水産相の世界へのメッセージである。
暴力は、それに屈する者には情け容赦なく幾度も降りかかってくる。一体、鹿野農水相らはどういうわけで、国家でもなく、大義もないテロリスト集団に屈したのか。闇雲に中止を決めたことの負の効果を、鹿野農水相らは認識しているのか。
中止に至った状況を、農林水産省水産庁捕鯨班に取材したが、彼らの話はざっと以下のとおりだった。
母船の日新丸と3隻のキャッチャーボート(捕鯨船)からなる日本の調査捕鯨船団に、SSは1月1日から例年になく激しい攻撃を加えた。炎を発して落下する落下傘信号弾や酪酸入りビンなどを、一回の攻撃で100本前後投げ込んだという。彼らは夜中に妨害活動を開始し、4~5時間或いは7~8時間も継続して調査捕鯨団の乗組員を疲労困憊させた。SSのボブ・バーカー号が日新丸に張りつき、そのために日新丸は全く、作業が出来ない状況が続いた。
日本側は抗議船の燃料が切れれば妨害は一時中断されると考えたが、ポール・ワトソンSS代表が乗るスティーブ・アーウィン号はニュージーランドで燃料を補給後、即、南極海域に戻ってくる早業を見せた。こうして相手方の行動が例年にまして組織化されていることが判明した時点で、調査団はもはや妨害の手から逃れられないと考え、水産庁に状況説明と調査断念を願い出たという。
農水省首脳の一人は、「こんなことで引き下がっていいのか」と個人的には思うと前置きして、語った。
「SSの妨害が極めて巧妙になっているのです。派手にやればやるほど、反捕鯨勢力から資金を集められるために、彼らは船の数を増やし、本当に危険な妨害行為を繰り返すようになりました。
対して日本政府は今回、捕鯨船に海上保安官6人を乗船させました。しかし、正直なところ、海上保安官は法的に何も出来ないのです」
相手は無法者集団
海上保安官はたしかに乗船しているが、彼らに課せられた主任務は妨害行為実行者たちの身元把握と、万一日本の船に侵入した場合の犯人の身柄拘束である。SSがSSの船に乗ったまま妨害する限り、反撃の任務も法的権限も与えられていないため、手を出せない。それでも農水省首脳はこう語る。
「少なくとも日本の海上保安官が乗船しているのです。その存在に、SSも少しは怯んだり遠慮したりするかと思ったのですが、全くそんなことはありませんでした」
繰り返すが、物理的反撃力も、逮捕する法的権限もない存在を、誰が恐れるものか。まして相手は無法者集団だ。菅直人首相が告白するまでもなく、民主党は呆れるほど国際社会の実態に「疎い」のだ。
違法な攻撃も憚らないSSのような勢力には、毅然として対処する心構えを持つことが国家として何よりも重要だ。彼らの行動パターンや手法、国際社会に訴える主張を分析し、対処策を講じなければならない。彼らが徹底妨害を宣言している調査捕鯨を、日本が続けるのであれば、まず、あの南極海で彼らを封じ込める具体策を準備しなければ、同じことの繰り返しになる。具体策の一例は、万一の場合、海保や海上自衛隊が救援に駆けつけるための法整備をすることだ。
いま、海自は海賊対処法に基づいてソマリア沖で活動中だ。同法を一部改正して、「公海における正当な調査の防御」という一文を加えれば、海保や海自を南極海に派遣することが可能になる。但し、その場合、SSを海賊と同類のテロリストと認定しなければならないが、これは難しくはないはずだ。
日本の調査捕鯨は国際捕鯨取締条約第8条に基づく合法的行為で、国際捕鯨委員会(IWC)の認めるものだ。SSは、この合法活動を無法に妨害し、船員の生命を脅かすのであるから、テロリストと見做されても仕方がない。
海保や海自の船を南極海に展開させるか否かの議論はたしかにあるだろう。しかし、日本政府がそこまで考えていることを示すことが大切なのだ。さまざまな価値観をもった国々がそれぞれの主張を掲げて、ひしめき合う国際社会では、毅然として主張し、必要ならば闘う決意が根底になければ、自衛は不可能だ。現にカナダもノルウェーも、SSの妨害に苦しんできたが、両国は抗議船を拿捕し、活動家を逮捕、立件して、厳しく裁くことで妨害阻止に成功しているのである。
人類の未来のため
農水省も民主党もこうした一連の準備など考えもせず、昨年と同じような形で調査船団を出した。調査船団は事実上、裸に近い形で南極海に赴き、SSの攻撃に遭った。予想された事態が起きたとき、政府は、ひたすら問題回避のための逃げの姿勢をとった。水産庁捕鯨班が、鹿野大臣に状況を説明し、これ以上、捕鯨を続けることは「危険すぎる」と報告したとき、鹿野大臣は船員の生命と安全という誰も反対出来ない理由を掲げて中止を決めたのだ。
準備もせず、覚悟もない政治家や政党の、この種の決定を素直に受け入れるのは難しい。水産ジャーナリストの会会長の梅崎義人氏は、民主党の決断を「法治国家としてこの上なく恥ずかしい」と憤った。
「日本側の姿勢は基本的に、ひたすら逃げろ逃げろです。また、国際社会への主張も、日本の伝統文化という枠から成長していません。無論、日本の食文化として鯨肉は大切ですが、人類の未来を展望した考え方をなぜ、打ち出せないのでしょう」
氏は、鯨は年間4億トンの魚、全人類の消費量8,000万トンの約5倍を食すとして、こう語る。
「IWC科学委員会は92年に年2,000頭のミンククジラを100年間捕獲しても資源としての鯨の頭数は保たれるとの報告をまとめました。一方、人類が蛋白源とする家畜は、BSE、口蹄疫、鳥インフルエンザなどで大きな被害を受けています。家畜の穀物飼料も不足がちな一方で、人類人口はこれからも増え続けます。だからこそ、人類の未来のために、海洋資源の活用が大事です。日本の調査捕鯨はそのためでもあるのです。科学的に非常に高く評価されているわが国の調査の意義をこそ、自信をもって説くべきです」
無法者集団に屈する恥ずかしい姿を国際社会に見せる前に、もっと調査し、考えて政策決定すべきだということを、民主党は学ぶことだ。